モスタル旧市街とスターリ・モスト

2012年9月20日、クロアチアのドゥブロヴニクからボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルへ。

モスタルとはボスニア語で「橋の守り人」という意味。モスタル旧市街のスターリ・モスト(橋)とその周辺は世界遺産になっている。

3時間ほどの滞在だったけど、モスクやトルコの家などいくつか観光地も回ったので写真で紹介。


市内の狭い道路にでかいバスを停め、狭い歩道にツアーメンバー全員で降りてそこでローカルガイドに会った、狭いところにバスの乗客全員がいるものだからちょっとした人だかりで、どこにガイドがいるかもよくわからない状態。名前は聞こえなかった。

バスを降りた通りは普通の生活感が漂う通りだったけど、そこに立っている建物の多くは戦争で爆撃されたと思われるような傷跡を残していた。

普通の雑貨店が入っているようなビルの隣に、こんな建物があまりにも当たり前に立っている。

カラジョズ・ベゴヴァ・ジャミーヤ(Karadoz Begova dzamija)

最初にみんなで向かったのはカラジョズ・ベゴヴァ・ジャミーヤ(Karadoz Begova dzamija)というモスク。

1557年にオスマン朝の宮廷建築家によって建てられたそう。モスクのなかでは女性が入っていいエリアとそうでないエリアがあるとかガイドが言ってた気がする。モスクの中にはカーペットが敷き詰められていた。

モスクはイスラムの家族の拠り所のようにもなっていて、何かあると相談にいったりするのだそう。モスクがイベントとか何かしらサービスを提供したり。その際、そのサービスに対して料金を取ることはしないけども恩恵にあずかった人達はお礼にカーペットをモスクに持っていくらしく、ガイドによるとカーペットは「a way of payment」なんだとか。

お祈りの時間が始まってしまうとのことでささっと中を見学しただけ。


トルコの家

次に向かったのはトルコの家(Biscevica cosak)。カラジョズ・ベゴヴァ・ジャミーヤから徒歩数分のところにある17世紀に建てられた伝統家屋。門をくぐってから家の建物までの間にプライバシー確保のために庭エリアが2つほどある。

写真に写っている家族は、最後のland ownerとのこと。

家の建物の前は石がキレイなパターンに敷き詰められた広場になっていて、ちょっとした噴水もあった。

この噴水にはジャグやお皿のようなものなどがデコレーションに用いられているんだけど、そのモチーフや向きなどに一つ一つ意味があると説明してもらったはず。昔すぎて忘れてしまった。メモも取らなかったしなー。残念。

家屋は2階建てで、順番を待って階上に上がった。

上から噴水のあった庭の方をみるとこんな感じ。

家は白く高い壁で囲まれている。家のなかには当時使われていたような生活道具も展示されている。

一般的に大家族であることが多く、一人ひとりにベッドを用意できないためトルコの家ではみんな床で寝る。また、トルコの家では女性用と男性用の部屋がある。下の写真は女性用の部屋。男性とともに寝室として使っているような時はこの部屋の表に白いローブがかかる。これは「Don’t disturb」の意味を持つらしい。

奥にある応接間はネレトヴァ川に張り出すように建てられていて、窓から川が見える。

コスキ・メフメット・パシナ・ジャミーヤ(Koski Mehmed Pasina dzamija)

トルコの家を出て少し歩く。

寂れたかんじの街並み。

趣の異なる旧市街に出た。

そこからちょっと脇に入って別のイスラム寺院へ。

1618年に建てられたそう。寺院そのものを見学というより、ここからスターリ・モストがきれいに見えるのでそのための寄り道。


 スターリ・モスト(Stari most)

モスタルの街の中心を流れるネレトヴァ川にかかる橋。

1566年にオスマン朝時代に建てられたものの1993年の紛争中に破壊されてしまう。そののちユネスコの協力によって2004年に復元された。中央部分に支えがなくアーチ状にかかる橋で、橋の上の歩道は大理石でできていた。

橋の両側に塔がそびえ立っている。左側のタワーはウォッチタワーで、ガンパウダー(火薬?)など保管していたそう。今はミュージアムになっているとのこと。

このあとランチなどしてから橋を渡ったんだけど、雨上がりということもあって大理石の道は滑りやすかった。

橋からの眺めもすばらしい!

ボスニアで食べたもの

ネレトヴァ川沿いの、スターリ・モストのよく見えるレストランでランチに注文したのはチェヴァプチチ。

生タマネギのみじんが添えられた肉団子のようなもので、ピタパンと一緒に食べる。ジューシーって感じではないけど、思ったほどくせもないし美味しい。うちの夫はスパゲッティナポリタンを注文してたんだけど(なぜボスニアで…)、出てきたのは明らかにカルボナーラ。でも、隣の席に座っていたスパゲッティナポリタンを注文していた欧米人のところにも運ばれてきたのはカルボナーラだったので、もしかしたらこれがボスニアのナポリタンなのかも!?(日本のナポリタンがほんとのナポリタンじゃないのかもしれない)

お土産ものエリア

スターリ・モスト近辺はお土産やさんが軒を連ねている。

売っているのはトルコっぽいもの(トルコにいったことないから分からん)とか骨董ともガラクタともつかないものとか。

私はこの棚の上のピカピカのトルココーヒーをいれるための茶器というかジャグを買った。1個€10。

英語の通じないお店のおばちゃんが、一生懸命身振り手振りを交えてボスニア語でこのジャグの使い方を教えてくれた。

おばちゃんによると、私が買ったジャグはコーヒーの粉4スプーン分サイズだそうで、コーヒーの粉に沸騰したお湯を入れ、よくかき混ぜ、粉が沈殿したあとの上澄みを飲めと言っていたように思う。言葉が通じないので私の勝手な解釈でほんとは間違ってるかも…。

帰国してからは棚のなかに飾りっぱなしにしてるんだけど、いつかボスニアンコーヒーをいれてみよう。

集合時間が近づいていたので、スターリ・モストを渡り、集合場所になっていた尖塔のある教会を目指して歩いているとまたものすごい建物が。

大通りに差し掛かる。尖塔のある近代的な教会はもう目と鼻の先。でも、その尖塔の右手に見えるボロボロの建物がきになる。

近づいてよく見てみると、銃撃のあとが凄まじい。

スターリ・モストのすぐそばにもたくさんいたんだけど、集合場所の教会近くにも物乞いの子供が地べたに座っていた。

今回、団体ツアーで、ガイドさんの話をあまり聞けなかったのが残念。プライベートガイドにすればよかったな…。断片的に聞こえてきた話では、ボスニアでは未だに経済的に安定しておらず失業率は40%にものぼるため、大学で高等教育を受けても働くところがないといっていた。「大学を出てもウェイトレスのバイトが見つかれば御の字。だからまだまだ発展には程遠いけれども、みんな希望は捨てていないし、むしろポジティブになろうと頑張ってる」というようなことを言っていたのが印象的だった。

同じ大学だったVedranは卒業後アメリカで働いているだろうか、それともボスニア・ヘルツェゴビナに戻っただろうか。

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